ある産婦人科医のひとりごと

備忘録、テーマはいろいろ

絨毛性疾患

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1.絨毛性疾患の分類

絨毛性疾患は病理学的、臨床的に
・胞状奇胎(全奇胎、部分奇胎、侵入奇胎)、
・絨毛癌(妊娠性、非妊娠性)、
PSTT(placental site trophoblastic tumor)、
・存続絨毛症(臨床的絨毛癌、臨床的侵入奇胎、奇胎後hCG 存続症)
の4 つに分類されている。

胞状奇胎、絨毛癌、存続絨毛症
細胞性栄養膜細胞 cytotrophoblast、合胞性栄養膜細胞 syncytiotrophoblast の異常ないし異型増殖により発症する疾患。

PSTT
中間型栄養膜細胞 intermediate trophoblastの異常により発症する疾患。

2.診断

A.胞状奇胎(狭義)
全奇胎,部分奇胎(狭義の胞状奇胎)は短径2mm 以上の嚢胞化した絨毛の存在により診断され、すべての絨毛が嚢胞化した全奇胎と嚢胞化が一部分に限局した部分奇胎に分類される。

発生頻度は出生1,000当たり2.92と報告され、欧米の発生率に比較し、2~3倍の高率である。

奇胎の診断は肉眼所見により行われるが、流産絨毛の水腫様変性など肉眼的に鑑別が困難な場合も多く、病理学的検索、遺伝学的検索を必要とすることもある。

全奇胎の病理所見は
絨毛間質の嚢胞化
絨毛間質の血管欠如
胎児成分の欠如
絨毛細胞の過形成
の4大特徴を示す。

部分奇胎では嚢胞化絨毛ばかりではなく、正常絨毛や胎児成分を認め、 絨毛細胞の過形成の程度も全奇胎に比較して軽微である。

一方、水腫様変性では絨毛間質に胎児血管を認め、絨毛細胞の過形成はほとんど認めない。しかし、病理学的検索によっても鑑別困難な場合もあり、遺伝学的鑑別が必要となる。

全奇胎の自他覚症状は無月経grape-juice like といわれる不正出血(90%)、妊娠悪阻(30%)、子宮過大(30%)、妊娠中毒症様症状(頻脈)lutein cyst の存在等であるが,特異的なものはなく,奇胎診断の第一歩は出血に伴う妊娠では奇胎を疑うことである。部分奇胎の症状も全奇胎と同様であるが,典型的な症状を示さないことも多い。

奇胎の診断は超音波断層法によりvesicular pattern 所見を認めれば容易である。また奇胎妊娠では正常妊娠に比較して高hCG低hPLを示すことが多いとされるが、全奇胎であっても正常妊娠の範囲内、あるいはそれ以下の値を示すこともあり、hCG 測定により奇胎妊娠を鑑別することは困難である。

胞状奇胎のエコー像(vesicular pattern
Mole

遺伝学的鑑別
全奇胎、部分奇胎の鑑別は原則として肉眼所見により行われるが、部分奇胎と水腫様変性、胎児共存奇胎と部分奇胎のように肉眼的鑑別が困難な場合には、遺伝学的鑑別が必要とされる。

全奇胎は、核のない卵子(ゲノム欠損卵)に精子が受精することにより発症し、すべての対立遺伝子が夫由来となり(雄核発生)、受精精子の本数によりホモ奇胎(1精子受精)ヘテロ奇胎(2精子受精)に分類される。ホモ奇胎が90%ヘテロ奇胎が10%を占めるとされる。全奇胎の核型はほとんどが46,XXで、残りの少数が46,XYである。

部分奇胎は、正常卵子に2精子受精した倍体がほとんどで、まれに2倍体の母方由来染色体を持つ3倍体の場合もある。

水腫様変性は正常の受精パターンを 示すことになり、遺伝学的に鑑別することが可能である。

B.侵入奇胎,臨床的侵入奇胎

胞状奇胎掻爬後10~20%に侵入奇胎、絨毛癌を発症する。

本邦では奇胎掻爬後、血中hCG が
5 週間で1,000mIU/ml 以上
8 週間で100mIU/ml 以上
20週間でcut off 値以上
の症例は、奇胎掻爬後経過非順調型とし、画像診断等で病巣の有無を検索する。

子宮内の病巣は経腟超音波でcystic lesion とsolid mass が混在した状態を示している。肺転移は胸部単純レントゲン撮影で診断されるが、CTを併用するべきである。腟転移は肉眼的易出血性の腫瘤を認めることにより診断する。

骨盤動脈撮影は超音波断層法などで病巣を確認できない症例について施行することもあるが、血栓症など重篤な合併症を起こすことがあり、注意を要する。

病巣が画像診断で認められない場合は奇胎後hCG 存続症、病巣が確認できれば絨毛癌診断スコアにより採点し、
4 点以下であれば臨床的侵入奇胎あるいは転移性奇胎
5 点以上であれば臨床的絨毛癌
と診断する。

絨毛癌診断スコア
スコア    0 1 2 3 4 5
先行妊娠 胞状奇胎 - - 流産 - 満期産
潜伏期   ~6ヶ月 - - - 6ヶ月~3年 3年~
原発病巣 子宮体部 - - 卵管 子宮頚部 骨盤外
        子宮傍結合織   卵巣
               腟
転移部位 なし・肺 - - - - 骨盤外
       骨盤内          (肺を除く)
肺転移巣
直径    ~20mm - - 20~30mm - 30mm~
大小不同性 なし - - - あり -
個数       ~20 - - - - 20~
尿中hCG値 ~106 10~10 - 10 - -
mIU/mL
BBT    不規則・一相性 - - - - 二相性
(月経周期) (不規則)             (整調)

侵入奇胎は、胞状奇胎が子宮筋層内に浸潤しているのを病理学的に診断した症例であり、侵入全奇胎侵入部分奇胎に分類される(得られた病理標本が子宮内膜掻爬物のみの場合、臨床的侵入奇胎とする)。侵入奇胎の大部分は奇胎掻爬後短期間のうちに発症し、約30%に肺、腟転移を認める。

部分奇胎より侵入奇胎、絨毛癌を発症する頻度は全奇胎に比較して低いが、皆無ではなく、奇胎後の管理は全奇胎と同様に必要である。

C.絨毛癌,臨床的絨毛癌

絨毛癌は胞状奇胎を含むすべての妊娠に続発する悪性腫瘍であり、30~50%は胞状奇胎を先行妊娠とする。病理学的には絨毛構造を認めず、およそ70%の症例ではなどへの血行性転移をきたす。

病巣を画像診断などで確認できた症例は絨毛癌診断スコアで採点し、5 点以上であれば臨床的絨毛癌とする。

子宮摘出、肺転移巣切除などにより病理学的確定診断ができた症例は絨毛癌とする。

遺伝学的に証明された部分奇胎後に発症した絨毛癌症例も報告されている。

また卵巣、胃、肝臓、肺などに、妊娠と関連しない非妊娠性絨毛癌を発症することもある。

D.PSTT(placental site trophoblastic tumor)

PSTT は中間型栄養膜細胞 intermediate trophoblastが腫瘤を形成した疾患であり、絨毛癌と同様すべての妊娠に続発して発症する。以前はtrophoblastic pseudotumor と呼ばれ予後良好な疾患と考えられていたが、死亡例が報告され、PSTT と診断されるようになった。

自覚症状は無月経不正出血であり、子宮筋層内に充実性腫瘍として確認される。絨毛癌と異なり、病巣の大きさに比較して低hCG、高hPL を示すとされる。

3.治療

A.全奇胎、部分奇胎

全奇胎、部分奇胎の治療は胞状奇胎除去術であり、掻爬時の子宮穿孔、大量出血などの合併症に注意する必要がある。再掻爬の是非に関してはさまざまな意見があるが、奇胎後の管理にあたっては子宮内に奇胎の遺残がないことを確認する必要がある。

奇胎掻爬後に、侵入奇胎、絨毛癌を続発する症例があり、定期的に血中hCGを測定し、下降不良の症例では胸部レントゲン撮影、超音波断層法等の画像診断により、病巣の有無を確認する。

奇胎掻爬後の観察期間についてはさまざまな意見があるが、2~5 年間の経過観察は必要と考えられる。基礎体温の測定は絨毛癌の早期診断に有用であり、可能な限り施行させる。

B.侵入奇胎、臨床的侵入奇胎
C.絨毛癌,臨床的絨毛癌

侵入奇胎、絨毛癌は早期より血行性転移をきたし、全身的治療である化学療法が治療の 中心を占め、局所療法である手術、放射線療法は補助的な役割を演じている。

1.Methotrexate(MTX)
MTX は葉酸拮抗剤であり、1963年以降絨毛性疾患に最も汎用されている抗癌剤である。 MTX の有害事象として肝機能障害口内炎が特異的である。

2.Actinomycin D(Act-D)
Streptomyces より分離された抗癌抗生物質であり、1962年以降現在にいたるまで使用されている。特異的な有害事象は脱毛血管外漏出による壊死性皮膚炎等である。

3.Etoposide(VP-16)
Ⅱ型DNAトポイソメラーゼ阻害剤。植物より得られたPodophyllotoxin の半合成誘導体であり、DNA2本鎖を切断することにより抗腫瘍効果を示す。比較的新しい薬剤であり、本邦では1983年以降使用されて いる。特異的有害事象として脱毛がある.近年二次性発癌白血病)を起こす可能性が指摘され、使用にあたっては注意を要する。

侵入奇胎(臨床的侵入奇胎)は,上記の化学療法剤より1 剤を選択して治療を行う。治療中はhCG を定期的に測定し、1 回の化学療法でhCG が1/10以下に下降すれば有効であると判定される。約20%の症例では薬剤抵抗性となり、化学療法剤の変更を必要とする。

絨毛癌(臨床的侵入奇胎)では上記3 剤を中心とした
MEA 療法(MTX、Act-D、Etoposide)
EMA/CO 療法(MTX、Act-D、Etoposide、Cyclophosphamide、Vincristine)
などが行われている。これら多剤併用療法による骨髄毒性、消化器毒性は単剤の化学療法に比較して重篤である。

化学療法のレジメン

1.MTX 5-Day schedule
Day1 ~ 5:MTX 0.4mg/kg(20mg)筋注
休薬期間:10 ~ 14 日間
肝機能障害が多いとされ、欧米ではMTX-FA 療法が一般的である。

2.MTX-FA
Day 1,3,5,7:MTX 1mg/kg 筋注
Day 2,4,6,8:FA(ロイコボリン:葉酸)0.1mg/kg 筋注
休薬期間:10 ~ 14 日間
抗腫瘍効果が高く、有害事象が少ないとされる。

3.Actinomycin D(コスメゲン)5-Day schedule
Day 1 ~ 5:Act-D 10 ~ 12 μg/kg 静注
休薬期間:10 ~ 14 日間
悪心、嘔吐はMTX より強い。また不可逆的有害事象として血管外漏出による壊死性皮膚炎がある。

4.Pulsed Act-D
Day 1:Act-D 1.25mg/m2 静注
休薬期間:14 日間

5.Etoposide(ラステット、べプシド)
Day 1 ~ 5:Etoposide 100mg/body 点滴静注
休薬期間:10 ~ 14 日間
シスプラチン併用化学療法で二次性白血病の報告があり、使用にあたっては注意を要する。

6.EMA/CO 療法
Day 1: Etoposide 100mg/m2 点滴静注
     MTX 100mg/m2 静注
     MTX 200mg/m2 点滴静注(12 時間以上)
     Act-D 0.35mg/m2 静注
Day 2: Etoposide 100mg/m2 点滴静注
     Act-D 0.35mg/m2 静注
     FA 15mg 筋注 6 時間ごと4 回
Day 8: Vincristine 1.0mg/m2 静注
     Cyclophosphamide 600mg/m2 点滴静注

7.MEA 療法
Day 1: MTX 300mg 点滴静注
     MTX 150mg 静注
     Etoposide 100mg 点滴静注
     Act-D 0.5mg 静注
Day 2 ~ 5: Etoposide 100mg 点滴静注
     Act-D 0.5mg 静注
     FA 15mg 12 時間ごと3 回

4.予後

A.全奇胎、部分奇胎

全奇胎、部分奇胎の予後は掻爬時の合併症(大量出血、穿孔)がなければ良好である。しかし、奇胎掻爬後全奇胎の10~20%、部分奇胎の2~5%に侵入奇胎、絨毛癌を続発するため、定期的な血中hCG 測定による奇胎掻爬後管理が必須である。

外来通院ができない症例に予防的化学療法を行うべきとの意見もあるが、予防的化学療法により絨毛癌発症の予防はできないとされ、本邦では一般的ではない

奇胎掻爬後の妊娠許可時期は1~2 年とされていたが、近年は6 カ月程度で妊娠許可する傾向にある。

奇胎掻爬後の妊娠転帰に関してはさまざまな報告がなされているが、奇胎を反復する頻度が2%前後と高率である以外、流産率、早産率、胎児奇形については差を認めなかった。

B.侵入奇胎、絨毛癌
化学療法が汎用される以前の絨毛性疾患の治療法は、手術、放射線療法が主体であり、 この時代の予後は20~30%とされていたが、MTX の導入により著しく向上し、現在、侵入奇胎(臨床的侵入奇胎を含む)では転移の有無にかかわらず、ほぼ100%の寛解率を達成している。しかし、約20%の症例では薬剤抵抗性、有害事象のため化学療法剤の変更が必要とされ、2~3 %の症例では再発をきたすとされている。侵入奇胎治療後の再発症例は絨毛癌と考えられ、多剤併用療法で治療することが必要である。

絨毛癌(臨床的絨毛癌を含む)の予後も有効な多剤併用療法の導入により向上し、80~90%の寛解率となっている。しかし、およそ20%の症例では再発、薬剤抵抗性となり、現在さまざまなSecond line 化学療法が報告されている。

これら化学療法後の妊娠転帰についても反復奇胎が高率であること以外、流早産率、胎児奇形率などに差は認めなかった。治療終了後の避妊期間に関しては現在でも約1 年とされている。